From CEO

第8回 「言ったことしかやらない」?
〜創業期における人事のこと〜

今回は、最近、ご相談を受けることが多い、人事関連のことを書いてみます。
といっても、紙面も限られており、
創業期の注意点に絞って、経験してきたことを書いてみたいと思います。


私がタイに最初に赴任した頃ですから、1996年前後のことだと思います。
某自動車メーカーのサプライヤー懇親会の席のことでした。


まだ、タイに赴任して3ヶ月という新任社長から「タイ人従業員には困ったものだ、言ったことしかやってくれないから、大変だよ」という発言がありました。


すぐに、古参の社長さん達から「何を言っているの、言ったことをやってくれるのは、ありがたいことで、あなたの会社は天国ですよ。前任の社長に感謝しないといけない」とたしなめられました。私も全く同感でした。


まず、アジアで仕事をする時に、「言ったことをやってくれる」というレベルは問題なく会社を経営できるレベルだということを認識して欲しいと思います。


日本の、特に中小企業では、通常業務を超える守備範囲を求められることが多々あります。
それぞれがプロとしての領域を持ちながら、時に応じて自在に変化して、工場の全体最適を目指すというのは日本型システムの大きな強さだと思います。
ある意味「多能工」を目指して行くことは、日本ではごく当たり前のこととして、チーム全体で周知されている概念と言って良いと思います。


この状況に、日本人の「気付き」「気配り」が加わるのですから、日本の現場力が強いのは当然のことです。
ただし、アジアの現場で、機械の整備を命じられた作業員が、当該機械の不具合に気づいて、“ついでに”隣の機械もチェックをしておこうというような行動にでることは99%ないと考えるべきです。


少し、前置きが長くなりました。まず、「言ったことをやって」もらえれば、満点だという気持ちで、現場を造ることを始めて下さい。それが確実にできてから、次のステップに移ろうと考えないと、不満だけが先走り、思うように実績があがりません。


それでは、これを実現していくためにどのようなことに注意するべきかですが、私の経験からは「明確な指示」をすることに尽きます。
日本人は、日本での経験から、どうしても曖昧な指示が多くなります。
例えば「Aラインのチェックしておいて、時間があれば、Bラインの半分くらいまでチェックしてくれたらありがたいね」などと話します。


この指示を受けて、内容を理解できるのは一緒に仕事をしてきた日本人スタッフだけだと思います。アジアの現場の人にとっては??になると思います。
「どこまでやればOK」「何時までに終わらせるの」「私一人で?」等々謎で一杯です。
ですから「明日、午前10時開始、午後5時完了を目標に、メンテチーム3名でAラインの測定器8台のチェックを済ませること。完了したら私に報告して下さい」という程度までには明確な指示(場合によっては書面で)を出さなくてはなりません。
概略の指示を出して、詳細はあなた方が判断しては、現場に混乱を起こすだけです。


さて、創業期の大変重要なことに、本社の支援という業務があります。
当社のホームページを訪問される方にも、本社で海外支援という部署に在籍する方もおいでになります。その方々に是非お願いしておきたいのが「兵の逐次投入」を絶対に避けて欲しいということです。


「兵の逐次投入」というのは戦術論の考え方の中で、手持ちの兵員を戦闘領域に小出しに投入する「愚」を戒めた言葉です。


日本本社からトップがお見えになり、本社からの支援についての会議が行われます。
だれもが、創業しようとしている新会社(ベビー)にミルクが必要なことは認識しているのですが、声の大きな人が「3名でできるだろう。当初はこれでやってみて、“だめなようならまた”2名くらい送るよ」というような発言をすると、誰もが得心がいかないまま、決まってしまうということはないでしょうか。


私は、誰もが3-4名は必須、5名でなんとか円滑に開業できると考えているなら、最初から5名を投入して、万全を期す方がはるかに好結果を産むと考えています。
投入する人材のコストは論じますが、その効果の検証はなかなか行われません。


創業期の一日一日は、以前にもこの欄に書きましたが「NIPPON」を注入するためのかけがえのない時間です。日本本社の濃いDNAを持った人が、新たに採用した従業員に、
「言ったことをやって」もらう状況を目指して、丁寧に指導に当たる必要があります。


それから、これは現場を造りあげようとする工場長にお願いしたいことですが、最初から、「工場のあるべき姿」を明確にして、全ての従業員に提示して下さい。


よく見られる失敗として、創業期だけは“一応”2人で1台の機械を操作することとして(人件費も安いし・・)慣れてきたら1人1台を受け持つ体制にしようと考えることです。
これをやってしまうと、後になって1人体制にしようとする時に、必ず「労働強化」「賃金アップ要求」等々、従業員から不満が出て、会社の好意でやってあげたのになぜ・・、という結果になります。


ですから、前述のあるべき姿の事前提示が非常に重要になります。
そして、もし、いろいろな考えから、仮に一時的な増員をするなら、本当は1人作業だけれど、当初の2ヶ月間は不慣れで大変だと思うので「人材派遣」の作業員を補助に1人付けます。
ただ、その派遣作業員は2ヶ月でいなくなるので、それまでに技術を磨いて下さいと言う説明をして、さらに、その時点で正社員への採用と少額の昇給をしてあげれば、完璧でしょう。
ずいぶんと長い文章になってしまいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


人事関連は本当に広い領域です。創業期の採用の注意点などもいつか、書きたいと考えています。今回は、ひとまず、これにて失礼いたします。

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