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第33回 タイ進出でM&Aを考えるときに

アルベリーアジア代表(CEO)の増井哲朗です。

 

タイ進出時に、現地企業を合併や買収する(M&A)の手法は選択肢の一つです。

ただ、これを日本企業に限定して考えたとき、いくつか注意しておく必要があります。

今回はそのことについて書いてみます。

初めに当該企業をよく調べる

まず、日本企業で自社の経営の歴史で、M&Aを経験したことがある企業は意外と少ないと思います。まして、海外で、たとえ相手が日系企業だとしても、現地企業とのM&Aの交渉に慣れている人材がいることは希です。結果、M&Aについて助言できるコンサルティング会社に相談することになります。

相手企業の企業調査(デューデリジェンス)をしっかりすれば大丈夫というのは、相手側の会計帳簿が信用できるということが前提になります。

タイでも、もちろん企業調査は可能です。その拠りどころとなるのは、各企業が商務省に提出する年次決算登記です。これは、提携先のNC NET WORK 社のEMIDASというサービスラインナップの中にもありますので、当該企業の登記履歴を取り寄せること自体は容易です。このデータから5年間程度の決算を読み解けば、“おおよそ”の当該企業の姿は見えてくると思います。

決算をみる際は注意深く

ただ、残念なことに、タイの場合、現地企業の会計帳簿は複数存在するというのが常識ですから、商務省登記の分析結果はあくまで“おおよそ”の範囲を越えて信頼できるのものではありません。

当方の経験で、日タイの合弁企業の会議に同席した折、日本側関係者の退席した後に、現地企業の社長から「会議で使っていた帳簿の他に後2冊の帳簿があります」と打ち明けられました。会議で使われていた帳簿は粉飾されており利益が過大に計上されていました。

タイには、日本の「帝国データバンク」や「東京商工リサーチ」レベルの企業調査会社はないので、公認会計士に依頼して、M&Aの手順にしたがい当該企業の調査を個別に進めるしかありません。

決算以外のことにも目を向ける

そのうえで、偶発的な債務への免責を謳った、覚書を締結しておくことが必要です。

私が相談を受けた案件では、買収した企業が工事着手金を前受金として受領していたにも関わらず、簿外として処理しており、それを見つけられずに、買収後に工事責任を負って、多額の損害をうけたという事例があります。こうした事態への備えも必要です。

 

M&Aの場合、どうしても前記のような財務の側面に目が向きがちですが、法務にも注意が必要です。当該企業が“買われる側”の会社とすると、業績が振るわない企業が多いと思います。そこでよくあるのが、従業員との間で労働裁判所がらみの訴訟事件を抱えているというケースです。労働者保護法13条は事業が譲渡される場合には従業員の勤続年数などの権利は、そのまま次の会社に引き継がれると明記されています。したがって、M&Aの場合に従業員との雇用契約について一旦、整理するということも検討課題とすべきです。

M&Aは慎重に

誤解があるといけないのですが、私はタイ進出に当たってM&Aの手法を検討することに賛成です。本稿も、M&Aはタイでは障壁が高く、困難なので避けるべきだと述べる趣旨のものではありません。ただ、私に寄せられるご相談、過去の事例から、M&Aにはそれなりの注意をして臨むことをぜひお願いしたいのです。

 

M&Aを考えるとき、成長に要する「時間を買う、短縮する」という考え方があります。

その結果、結果だけを急ぐ前のめりの姿勢が目立ちます。それが「こんなはずではなかった」に直結します。少し注意するだけで、少しゆとりを持って検討を進めるだけで、成功確率が大きく変わるのがM&Aです。

 

ではまた。

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