From CEO

第7回 NIPPON入ってる
〜現地に根付かせる日本のDNA〜

アルベリーアジア代表(CEO)の増井哲朗です。


今回(第7回)は「NIPPON入ってる」というテーマでお話ししたいと思います。


このことを書いてみたいと思ったのは、昨年11月27日付けの日本経済新聞に、私が経営の任に当たっていた「エンケイ タイ」の記事が大きく掲載されたことがきっかけです。
今から、15年も前の話になりますが、異文化の中の経営ということに真正面から取り組んでいた時期です。これからタイ進出をお考えの方に少しでもは参考になれば幸甚です。


結論から言いますと、私が「NIPPON入ってる」という表現でお伝えしたいのは、海外進出すなわち、異文化の中での経営では、日本本社の保持するDNAを現地の状況に応じながら、工夫を重ねて、現地に根付かせていかなければならないということです。
「日本」が「NIPPON」に変容することは認めても、「入ってない」状況はダメだということです。


私が反面教師として、まず思い出すのは、タイ着任早々に大手家電メーカーの工場を訪ねた時のことです。その頃のことですから、主に日常の小物(台所用品等)を製造していましたが、驚いたのは、日本人工場長がゴム草履で、工場内を案内してくれたことです。もちろん、工場内で働く人も「安全用防具」などの着用とは無縁の状況で、完全に悪い意味で「タイ化」、「退化」してしまった工場でした。その時のご説明では、操業開始から15年が経過しているということでしたが、帰路に就く前に玄関でもう一度、会社名を確認してしまいました。


日本の生産技術は、もちろん各分野での固有技術のすばらしさは言うまでもないことですが、その技術を具現化する・支える「現場」の強さは多くの有識者が指摘するとおりです。せっかく、海外に進出するのに、自社の長年培った「強さ」を現地に移植できないとすれば、右腕を縛ってボクシングをするようなもので、進出先の国にとっても不幸なことであり、自社にとってはもっと不幸なことです。


それでは、具体的に「NIPPON入ってる」活動を推進して行くうえでの注意点をいくつかのポイントに絞って、実例をあげて説明して行きたいと思います。


まず、人材ですが、少なくとも自社のDNAを理解した人がリーダーにならなくてはなりません。どこの企業でも、お店でも、「この部分」が無ければ我が社でなくなる、うちの店ではないという中核となる理念があると思います。それをしっかりと理解した人がリーダーとなって推進していくことが必要です。ですから、現地で採用した日本人にトップを任せるような場合には、よほど注意して、事前に日本での研修をするとか、しばらくは日本本社からの駐在員を置くなどの工夫が必要になります。


「NIPPON入ってる」活動を進めていく過程で、必ず反作用・反対勢力が出て来ます。
私の経験を言えば、挨拶運動には「タイでは大きな声で挨拶する習慣はない」、安全靴を履いて欲しいと言えば「この常夏のタイで、靴を履くのですか」、安全眼鏡を掛けて作業しようと指導すれば「眼鏡を掛けると頭痛がする」等々、ちなみにインドでは、作業帽を被って仕事しようと言ったとき「インド人は帽子を被らない」というので、インド人警備員はベレー帽を被っているではないかと言い返すと「彼らはグルカ兵で、自分たちとは違う」という返事、とにかく最初の段階で大きな抵抗があるのは真実です。


ただ、前述の事も、今となっては良い思い出です。今、同じ会社に働く人達にしてみれば、「嘘でしょう」と言いたいほど、状況は変わっているからです。


活動を進める過程で、全てに関して、無理強いする必要はありません。
日本人幹部が普通の声で、すれ違うときに「サワディーカップ」(こんにちは)と声をかけるということを飽きずにやり続けることです。そのうちに返事をされるようになります。 安全活動に関しても、快適な安全靴、眼鏡を工夫してあげること、それを装着するとどのように事故・傷害が防げるのかを理解すれば、皆さん協力してくれるようになります。
要するに、「NIPPON入っている」方が快適なのです。


異文化度の高さにもよりますが、私がインドでお願いしたのは「フェンスで囲まれているこの会社内は世界標準のルールを守ろう」ということでした。塀の外ではヒンズー教を基軸としたインド文化にしたがい生活が営まれるのは当然のことです。そこまで、論ずることは不要です。ただ、会社の正門を入れば、そこは違う基準で動く組織だと言うことを理解してもらうということが重要です。


インドでの始業清掃が定着するのには2年掛かりました。とにかく生まれてから、一度も清掃用具を持ったことがないという人がいるわけですから、容易なことではありませんでした。それでも、日本人駐在員全員が、日本の本社工場で当たり前に行っていることを、当たり前に継続して行く中で、インド人トップが“生まれて初めて”ほうきを持ってくれました。それから、この習慣の定着までには時間が掛かりませんでした。
今では、なんの違和感もなくオフィスの日本人・インド人全員で朝の掃除を終えて、業務を開始します。いつも埃っぽいインドです。朝一番で、清掃してから業務を始めた方が気持ち良いに決まっています。
「NIPPON入ってる」方が快適なのです。


それから、活動の過程で、ISO/QSなどの認証取得は大きな効果があります。
ISO/QS取得は営業活動の必要条件であり、それが取得活動の契機になるケースが普通だと思います。しかし、これを
異文化の中での「共通言語」の構築と捉えると、非常に大きな意味を生みます。ISO/QSの中で頻繁に使われる用語はそのまま、タイ人も日本人も使うことができます。また、用語の定義もしっかりとされているわけですから、相互に誤解を生じることがありません。「〇〇のための会議」の〇〇のところがISO/QSの用語になっていれば全員が容易に理解できます。


「NIPPON」の領域は「日本」と「ゼロ:無」との間に大きく広がっています。
会社の歴史とともに、その色合いが変わってくることも、ごく自然なことです。

ただ、常に「NIPPON入ってる」という状況を意識して、日本が世界に誇れるもの、それは生産会社が保持する「生産方式」であり、サービスの世界では「おもてなし」の心であり、エコの観点からは「もったいない」という考え方であったり多様ですが、自信を持って、海外に移植して頂きたいと思います。


今回は少し長い文章になってしまいました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


はじめにご紹介した「日本経済新聞」の記事を添付いたしますので、ご一読下さい。

 

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